覇権国家の争いの行くへ
君は世界の歴史の中で生きている
山間の小さなスパルタ・ポリスの遺跡に立ってみると、なんとも不思議な気分に襲われます。すぐ前に山が迫り、平地といっても、とても狭いのです。強い軍隊を訓練できるほどの広さがないのです。
大理石の階段が続くアテネのパルティノン神殿のような派手さが全くないのです。
歴史上有名な国家の末路としては、あまりにも「荒涼とした廃墟」で、雑踏でにぎわう「観光都市」なんて、とてもイメージできないのです。
今回は「歴史を見る目」について考えてみたいと思います。
「トゥキディデスの罠」を知っていますか
君は、古代ギリシャの歴史家・トゥキディデスの『戦史』という本を知っていますか。受験勉強では、ヘロトドスの『歴史』と共に、少しだけ勉強をした人がいるでしょうね。
このトゥキディデスの名前をもじって、アメリカのグレアム・アリソン教授が「トゥキディデスの罠」という語句をつくりました。この「造語」を使って、現代の難しい政治状況を解説しています。18歳の高校生は選挙権をもっていますから、若い君にも少しだけ紹介しますね。
これは、「急速に台頭した大国」と「既成の支配的な大国」との間で生ずる摩擦や抗争について言っているのです。彼は学者であると同時に政治顧問ですから、「台頭する中国」と「既成の覇権国家アメリカ」の摩擦・抗争をさしていうのですね。これを「トゥキディデスの罠」といっているのです。
アテネとスパルタの間に起こった戦争のこと
君は、すでに古代ギリシャについて勉強しましたか?
その学習の中で、アテネを単純に「理想的な民主国家」であると思っていませんか?
これは間違いではありませんが、理解不足です。アテネの全盛期の繁栄は、背景に「デロス同盟」の財力があることを知っていなければなりません。優秀な政治家・指導者のペリクレスが作ったパルティノン神殿は、女神アテナ信仰の拠点であると同時に、「デロス同盟の金庫」でもあったのです。繁栄と経済力は表裏一体です。
また、スパルタは、最強の陸軍を持ち、ペロポネソス同盟の盟主として鉄壁な軍事力を持つ覇権国家でした。単純に「スパルタ教育」ということだけで理解していませんよね。このふたつの覇権大国が戦ったのが「ペロポネソス戦争」です。トゥキディデスは自分の従軍体験をもとにして『戦史』を書いているのです。
これをベースにしてアリソン教授は「戦争の危険性と回避の方法」について述べているのです。いま、アメリカと中国が戦争をしたらどうなるか。人類は破滅しますね。
秦は、斉に挑戦して「覇権」を握った
覇権を握るための戦いは「戦争」です。古代中国で覇権を握ったのは「秦」です。
渭水の山間奥地から実力をつけてきた秦は、中原の諸国から野蛮国といわれながらも、何代もかけて中国全土を征服しました。覇権を握ったのです。
始皇帝が一代でつくった覇権国家ではありません。
戦国七雄と呼ばれた時代には、強国になっていく秦と繋がるべきだという「連衡(れんこう)」策と、秦に対抗するよう六か国に呼び掛けた「合従(がっしょう)」策が議論されました。外交戦略の応酬ですね。これは現在の米・中と各国の関係に似ていますね。外交政策はインテリジェンスです。諜報活動は古代から行われていたのです。
秦の最後のライバル覇権国家は「斉(せい)」でした。
政治家で詩人の屈原は、大国「楚」は「斉」と繋がり、秦に対抗するように主張しましたが敗れて入水自殺しました。愛国者:屈原の「楚辞」はいまも胸を打ちますね。
ヒトラー vs チャーチル
覇権争いでは、ヒトラー率いる「新興ドイツ」と「既成の大国イギリス」の第二次大戦の戦況は熾烈でした。イギリス首相チェンバレンは、アメとムチの「宥和策」を取っていましたが、戦争屋のチャーチルは、早い段階から、ヒトラーの野望を見抜いていたようですね。ヒトラーが率いる政党(ナチス)が急速に台頭する情報を得て、「これは危険だ。やがて、イギリス本土まで押し寄せてくる」と考えたといわれます。
ドイツは、第一次大戦で敗北したにもかかわらず、旧ソ連と秘密協定を結び、ソ連内で軍事訓練を行うなどをしていましたから、ヒトラーが登場し、公然と再軍備を開始した時は、強いドイツ陸軍の下地ができていたのです。
一方、チャーチルも、いわゆる正義の味方というより、選挙では当選・落選を繰り返す政治家でした。戦場が大好き人間でしたから「戦闘の中でルポ」を書き、アメリカの新聞社に売り込んでいたような逞しさをもっていました。決して親日家ではありません。「原爆投下もドイツではなく日本にする」という主張を支持していたといわれます。
君には「歴史を複眼で見るセンス」を大切にして欲しいです。平和を維持し、継続するためには、多様な視点から考える力が要求されているのです。思考力と判断力です。
アレクサンドロス大王が超えてきた峠
長い間、カイバル峠に行ってみたいと思っていました。ここは、幾多の戦場になったところですが、私には「アレクサンドロス3世が越えてきた峠」として心に刻まれていたのです。眼下に広がる、曲がりくねった長い道。幾重にも、幾重にも折り重なる坂道です。勿論、この道は、大王が通った道と同じではありません。
このものすごい山地を、「大王がマケドニアから率いてきた大軍」が通り抜けたと思うと、壮大なロマンが広がるのです。カイバル峠の向こうはアフガニスタンです。
治安が不安定な国に旅行者は入れません。アジアハイウエーができる前の話です。
いま、私の机の上にガンダーラで買ってきた「仏像」があります。
土産物屋で購入した粗末なものだから「土塊」で出来ています。が、とても美しいです。ガンダーラはアレクサンドロス大王の従者たちが建国したバクトリア王国が支配していた地域ですから、「ギリシャ彫刻の伝統技術」と「仏教」が融合して仏像が作られたといっていいでしょう。アレクサンドロス3世から、ガンダーラ美術の最盛期のクシャン朝カニシカ王の時代まで400年間の隔たりがあるので諸説がありますが、ヘレニズム文化が「仏像彫刻」に影響を及ぼしたことは間違いないでしょう。東京では、上野にある国立博物館(東京館)に、少しありますから見学することを勧めます。
君にも、文化の視点から「歴史をみる目」を大きく持ってほしいです。
大学入試センターの作問と同じ要領で
今回は、現代の課題である「覇権」をテーマに「大問」として、大学入試センター試験の「世界史の形式」にそって解説しました。次は君の出番です。上記四つを「中問」としてとらえ、それぞれに「小問」を三つか四つ作成してください。配点は25点です。マーク式の問題をつくると実力がつきますよ。
次の「共通テスト」では、こうした写真・地図・図版・データを多用して作問されるでしょう。多角的な視点から「歴史を見る目」を持つことは、「物事を重層的に見ること」に繋がります。それは、生きる知恵でもあります。
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